リーゼ・マイトナーさんとキャヴェンディッシュ研究所の神々(番外編) X線回折手法のパイオニアのひとり:J・バナールさん

▼番外編が続いて恐縮です。今回のバナール氏は前回のホジキン氏の指導教員なので取り上げました。
▼キャヴェンディッシュ研究所がX線回折手法に注力した時期。バナール氏はその手法のパイオニア的存在。

ジョン・デスモンド・バナール John Desmond Bernal 1901–1971
1901年、アイルランド南部のティペラリー生まれ。
教育
1914年(13才)WWI。イギリスのストニーハースト校に入学。1学期でやめ、ベッドフォード校に編入学。
1918年(17才)WWI終戦
1919年(18才)奨学金を取得、ケンブリッジ大学エマニュエル・カレッジに入学。
1922年(21才)ケンブリッジ大学エマニュエル・カレッジでBA(数学と科学)。結婚。
活動
1924年(23才)ファラデー研究所でヘンリー・ブラッグ先生の下でX線結晶構造解析を研究。グラファイトの構造を決定。
1927年(26才)ケンブリッジ大学で講師(結晶構造学)
1929年(28才)著作『宇宙・肉体・悪魔』発刊。結晶学技術を有機化合物へ応用:ステロール化合物
1933年(32才)ビタミンB1を分析。水の分子構造がブーメラン状と報告。
1934年(33才)キャヴェンディッシュ研究所の副所長。ペプシンを分析。ホジキンさん(24才)(11月30日)が研究室に入り共同でタンパク質結晶のX線写真を撮影。生体組織の分子構造の観察は世界初。
1935年(34才)ビタミンD2を分析。
1936年(35才)ステロールを分析。マックス・ペルーツさん(22才)が研究室に入りモグロビンの研究を開始。
1937年(36才)ロンドン大学バークベック・カレッジで教授(物理学)。タバコモザイクウイルスを分析。王立協会フェロー。
1939年(38才)WWII。国家安全省に所属。
1943年(42才)英米の秘密軍事会合「第1回ケベック会談」に参加。
1944年(43才)ノルマンディー上陸作戦に同行、上陸し計画の効果を記録。
1945年(44才)WWII終戦。ロンドン大学バークベック・カレッジで分子生物学研究所を設立。ロザリンド・フランクリンさん(25才)(11月29日)が参加、ウイルスの研究を進める。
1954年(53才)”Science in History”発刊。
1958年(57才)ロザリンド・フランクリンさん死去(37才)。
1962年(61才)ワトソンさん、クリックさん、ウィルキンスさんがノーベル生理学・医学賞を受賞。
1971年(70才)ロンドンで死去。

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https://en.wikipedia.org/wiki/J._D._Bernal