7月のもくじ 元素の発見者 18番のアルゴンArから61番のプロメチウムPmまで

【原子番号18アルゴン-37ルビジウム】
7月1日 J・W・ストラット氏 高校までは病弱、大学で変身/元素Arの発見
7月2日 H・デービーさん(4) 同じ手法を相手を変えてチャンスにする/カリウムK元素の発見
7月3日 H・デービーさん(5) 実験は危険がつきもの/カルシウムCa元素の発見
7月4日 L・F・ニルソン氏 良き師匠に恵まれる/スカンジウムScの発見
7月5日 セフストレームさん 一流学者に弟子入りする力をつけた/バナジウムVを発見した
7月6日 シェーレさん 化学と人間が一体化した存在/マンガンMnを発見した
7月7日 ウプサラ大学すげえ ベルセリウス先生すげえ/鉄FeからセレンSeまで一気に
7月8日 アントワーヌ・ジェローム・バラールさん/臭素Brの発見者
7月8日 W・ラムゼーさん/クリプトンKrの発見
7月9日 化学者のブンゼンさん ルビジウムRbを発見した2人組
7月10日 物理学者のキルヒホッフさん ルビジウムRbを発見した2人組
【原子番号38ストロンチウム-45ロジウム】
7月11日 A・クロウフォードさん ストロンチウムSrの存在に気づいた
7月11日 デービーさん 単離に成功した/ストロンチウムSr
7月12日 アレニウスさん 鉱石を発見した/イットリウムY
7月12日 ヴェーラーさん 単離した/イットリウムY
7月14日 J・ガドリンさん イットリウムYの発見者
7月14日 M・クラプロートさん ジルコニウムZrの発見者
7月15日 C・ハチェットさん ニオブNbの発見者
7月16日 シェーレさん モリブデンMo 発見した
7月16日 イェルムさん モリブデンMo 単離した
7月17日 セグレさんとペリエさん 人工的に作って発見した/テクネチウムTc
7月18日 G・オサンさん 発見して命名したものの・・・/ルテニウムRu
7月19日 K・クラウスさん ルテニウムRuの発見者
7月20日 W・ウォラストンさん ロジウムRhの発見者
【原子番号46パラジウム-61プロメチウム】
7月21日 W・ウォラストンさん(2) パラジウムPdの発見者
7月23日 F・シュトロマイヤーさん カドミウムCdの発見者
7月23日 F・ライヒさんとH・リヒターさん インジウムInの発見者
7月24日 F・ライヒェンシュタインさん テルルTeの発見者
7月25日 B・クールトアさん ヨウ素Iの発見者
7月26日 ラムゼーさんとM・トラヴァースさん キセノンXeの発見者
7月27日 C・モサンデルさん ランタンLaの発見者
7月28日 W・ヒージンガー&ベルセリウス組とM・クラップロートさん/セリウムCeの発見者
7月29日 C・ウェルスバッハさん プラセオジムPrとネオジムNdの発見者
7月30日 J・マリンスキーさん プロメチウムPmの発見者のひとり
7月31日 L・グレンデニンさん プロメチウムPmの発見者のひとり
8月1日 C・コルエルさん プロメチウムPmの発見者のひとり

プロメチウムPmの発見者のひとり C・コルエルさん

原子爆弾製造のマンハッタン計画の化学者メンバー。前に紹介したマリンスキーさんとグレンデニンさんと少し色合いの違う人物。どこが違うかというと、現場で実際に新元素を発見した二人とリーダーという立場の違い。トランジスタを発明したショックレーさん(5月27日参照)、バーディーンさん(5月25日)、ブラッテンさん(5月26日)のチームを連想してしまう。トランジスタのチームの場合、二人がショックレーさんに愛想を尽かして終わりを迎える。コルエルさんのチームはどうだったのだろう。新元素の名前をチームで決めていたのにコルエルさんの奥さんが出てきてひっくり返したほどだから、穏やかならぬものがありそう。

C・D・コルエル Charles DuBois Coryell 1912–1971 化学者

教育
1935年(23才)カリフォルニア工科大学でPh.Dを取得。

活動
1930年代後半(20代後半)1945年にノーベル賞を受賞する化学者Linus Pauling氏の下でヘモグロビンの構造の研究に従事。
1942–46年(30-34才)シカゴ大学オークリッジ国立研究所でマンハッタン計画の核分裂生成物セクションのチーフになる。コルエルさんのチームのミッションは、ウランの分裂で生成する放射性同位体の特徴分析。そのため、プルトニウムの化学的分離法を開発していた。

発見
1945年(33才)チームメンバーのマリンスキーさんとグレンデニンさんがイオン交換クロマトグラフィー法で61番の新しい希土類の単離に成功。
1947年(35才)チームとしては、研究所の名前を冠してクリントニウムclintoniumを予定していた。しかし、コリエルさんの奥さんの提案のプロメチウムを受け入れ命名。マリンスキーさんとグレンデニンさんがアメリカ化学学会でプロメチウムの発見を報告。

その後
1945-71年(33-59才)MITで無機放射化学の教員になり亡くなるまで、微細構造分裂とベータ崩壊理論の研究に携わった。

https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_D._Coryell