ローレンシウムLrの発見者 A・ギオルソさん

ギオルソさんは3つ年上のシーボーグさん(8月28日)の研究を装置の開発と運用でバックアップし、結果に導いた神。シーボーグさん自身が高度な実験技術を持っていたので、自分が手掛ける実験にはギオルソさんのもつ高度な測定装置の開発力や実験能力が不可欠と見て取った。マンハッタン計画に参加したのもシーボーグさんから求めがあったから。▼ギオルソさん自身は博士号取得のモチベーションはなかったようで、ひたすらサイクロンと測定装置に磨きをかける。世界トップの研究所にして初めて可能となる高度な実験を重ねた結果、新元素の発見数が12になり、ギネス世界記録になる。▼第一線を退いてからも超重元素の発見、核融合エネルギー、電子ビーム発生装置の研究を続けた。生き方の名人である。

アルバート・ギオルソ Albert Ghiorso 1915-2010 核物理技師。

1915年、カリフォルニア生まれ。イタリアとスペイン系の家系。
教育
10代のとき組み立てた無線機の遠距離受信性能が軍用より良いという評判を得る。
1937年(22才)カリフォルニア大学バークレー校から学士(電子工学)を取得。
活動
1937年(22才)政府に放射線検出器を販売するR・ティベッツ氏のもとで働く。
1937年(22才)カリフォルニア大学放射能研究所との出入りが始まりシーボーグさん(8月28日)と知り合う。
1939年(24才)WWII
1942年(27才)シーボーグさんに誘われマンハッタン計画に参加。測定装置の開発を手掛ける。
1944年(29才)アメリシウムAmを発見。キュリウムCmを発見。
1945年(30才)WWII終戦。バークレーに戻り、シーボーグさんとサイクロトロンで実験を重ねる。
1949年(34才)バークリウムBkを発見。
1950年(35才)カリホルニウムCfを発見。
1952年(37才)アインスタイニウムEsを発見。フェルミウムFmを発見。
1955年(40才)メンデレビウムMdを発見、メンデレエフさんの名前に因んで命名。
1957年(42才)バークレー大学が重イオン線形加速器Heavy Ion Linear Accelerator(HILAC)を建設、担当となる。
1958年(43才)ノーベリウムNoを発見。
1961年(46才)ローレンシウムLrを発見。サイクロトロンの発明者E・ローレンスさんの名前に因んで命名。
1969年(54才)ラザホージウムRfを発見。E・ラザフォードさん(8月18日)の名前に因んで命名。
1970年(55才)ドブニウムDbを発見。ソ連でもドブナ研究所が発見、ドブナの地名に因んで命名。
1974年(59才)シーボーギウムSgを発見。シーボーグさん(8月28日)の名前に因んで命名。
2010年(95才)死去。

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https://en.wikipedia.org/wiki/Albert_Ghiorso