リーゼ・マイトナーさんの甥、オットー・フリッシュさんの自伝に出てくる科学者(71)X線天文学のパイオニア:B・ロッシさん

▼ブルーノ・ロッシさんは、フリッシュさんが1943-45年の間、マンハッタン計画でロスアラモス研究所で生活していた時期の同僚。1938年、イタリアのファシスト党によるユダヤ人政策からアメリカに逃れてきたX線天文学者。
▼フリッシュさんの自伝に「戦争は大勢の優秀な男たちを、それまで座っていたベンチから駆り出したが、それは物理学にとって災いだったのだろうか。実際はそうではなかった。私たちは戦争のためにだけではなく、私たち自身の兵器庫にも新しい武器を作り上げた」(p.221)とある。
▼ロッシさんはWWIIの後、MIT教授になり、NSF、DARPA、NASAの仕事を行う。史上初めて太陽系の外にあるX線天体の発見者のひとりになる。

ブルーノ・ロッシ Bruno Rossi 1905-1993
1905年、イタリアのヴェニス生まれ。ユダヤ人。父は電気技師。
教育
1914年(9才)WWI
1918年(13才)WWI終戦
1919年(14才)家庭での教育を終え、ギムナジウムとリセで学ぶ。
パドヴァ大学とボローニャ大学で学ぶ。
1927年(22才)ボローニャ大学でLaurea in Physics。指導教員はQuirino Majoranaさん。
活動
1928年(23才)フィレンツェ大学でAntonio Garbassoさんの助手。
1929年(24才)最初の指導学生ジュセッペ・オキャリーニさんが博士号取得。宇宙線の研究を開始。
1932年(27才)パドヴァ大学で教授。
1938年(33才)ムッソリーニ政権のユダヤ人政策のため、デンマークのニールスボーア研究所で研究。
1939年(34才)WWII。マンチェスター大学を経てシカゴ大学とコーネル大学で准教授。
1943年(38才)マンハッタン計画に参加。ロスアラモス研究所で研究。Hans H. Staubさんと同じグループで研究。フリッシュさんと知り合う。
1945年(40才)WWII終戦
1946年(41才)MITで教授(1970年まで)。
1962年(57才)さそり座X-1をリカルド・ジャコーニさんらと共同発見。
1974年(69才)パレルモ大学で教授(1980年まで)。
1983年(78才)アメリカ国家科学賞受賞。
1993年(88才)マサチューセッツ州ケンブリッジで死去。

▼師匠・弟子・関係筋
師匠
■ Quirino Majorana 1871–1957 イタリアの実験物理学者。
弟子
■ ジュセッペ・オキャリーニ Giuseppe Occhialini 1907-1993
関係筋
■ ニールス・ボーア Niels Bohr 1885-1962
■ エンリコ・フェルミ Enrico Fermi 1901–1954
□ ハンス・スタウブ Hans H. Staub ロスアラモス研究所時代の同僚。
□ リカルド・ジャコーニ Ricardo Giacconi 1931-2018 X線天文学のパイオニア。

※オットー・フリッシュ著 松田文夫訳 「何と少ししか覚えていないことだろう-原子と戦争の時代を生きて-」 吉岡書店、2003年。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%B7
https://en.wikipedia.org/wiki/Bruno_Rossi