リーゼ・マイトナーさんの甥、オットー・フリッシュさんの自伝に出てくる科学者(68)湯川さんが予言したパイオンの発見者のひとり:G・オキャリーニさん

▼オキャリーニさんは写真用の乳剤を使い核利用の研究の第一人者。セシル・パウエルさんのノーベル物理学賞の受賞につながるパイオンの発見に貢献した。熱心な登山家だった。
▼ノーベル賞には謎があって、パイオンの発見ではパウエルさん一人が受賞、サイクロトロンの発明ではローレンスさん一人が受賞、核分裂の発見ではハーンさん一人が受賞し、仲間は受賞に与かっていない。
▼フリッシュさんの自伝でオキャリーニさんについて次のように触れられている。「新しい章は、セシル・パウエルとギゼッペ・オッチャリーニが、非常に細かい粒子で作られた写真乾板を用いて、宇宙線の飛翔の研究を一躍拡大した時に始まった」(p.232)

ジュセッペ・オキャリーニ Giuseppe Occhialini 1907-1993
1907年、イタリア中部のマルケ州フォッソンブローネ生まれ。父は物理学者。
教育
1914年(7才)WWI
1918年(11才)WWI終戦
1929年(22才)フィレンツェ大学卒業。
1932年(25才)キャヴェンディッシュ研究所でブラケットさんの下で霧箱を用いて宇宙線からポジトロンを発見する研究に従事。
活動
1937年(30才)Gleb Wataghinさんの招きでサンパウロ大学物理学研究所で研究(1944年まで)。
1939年(32才)WWII
1944年(37才)帰国。
1945年(38才)WWII終戦
1947年(40才)ブリストル大学H. H. Wills Laboratoryでパウエルさん、ミュアヘッドさん、セザーレ・ラッテスさんと湯川さんが予言したπ中間子を発見
1950年(43才)ジェノヴァ大学。パウエルさんがノーベル物理学賞を受賞(写真による原子核崩壊過程の研究方法の開発および諸中間子の発見)。
1952年(45才)ミラノ大学。
1974年(67才)王立協会外国人会員。
1993年(86才)イタリアの中部マルケ州ペーザロで死去。英語版Wikipediaではパリで死去。

▼師匠・弟子・関係筋
師匠
■ パトリック・ブラケット Patrick Blackett 1897–1974
□ ブルーノ・ロッシ Bruno Rossi 1905–1993 宇宙物理学者。
関係筋
□ Gleb Wataghin 1899–1986 物理学者。
■ セシル・パウエル Cecil Powell 1903-1969
■ 湯川秀樹 Yukawa Hideki 1907-1981
□ H・ミュアヘッド
□ セザーレ・ラッテス Cesare Lattes 1924-2005 ブラジルの実験物理学者。π中間子の共同発見者。

※オットー・フリッシュ著 松田文夫訳 「何と少ししか覚えていないことだろう-原子と戦争の時代を生きて-」 吉岡書店、2003年。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%9A%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%8B