リーゼ・マイトナーさんの甥、オットー・フリッシュさんの自伝に出てくる科学者(65)量子論を発展「場の量子論」を構築した物理学者:朝永振一郎さん

▼フリッシュさんの自伝に朝永振一郎さんは出てこない。けれど、湯川秀樹さんの同級生で理論物理学者でノーベル物理学賞の受賞者なので、今回、ご紹介する。
▼30代のときハイゼンベルクさんと原子核物理を研究し、40代のときオッペンハイマーさんの招きでプリンストン高等研究所に滞在。59才でノーベル物理学賞を受賞。
▼物理学は実験・観察・測定技術の発達と現象を説明する理論の両輪で物質の成り立ちを探求してきた。朝永さんは「場の量子論」で成り立ち探求の前線を進めた科学者。

朝永 振一郎 Tomonaga Shinichiro 1906-1979
1906年、文京区小日向生まれ。父は哲学者。
教育
1913年(7才)父が京都帝国大学の助教授から教授になったので一家で京都に転居。錦林小学校に入学。
1914年(8才)WWI
1918年(12才)WWI終戦
1923年(17才)京都府立洛北高等学校・附属中学校卒業。
1926年(20才)第三高等学校卒業。京都帝国大学理学部入学。
1929年(23才)京都帝国大学理学部物理学科卒業。京都帝国大学で無給の副手。
活動
1931年(25才)理化学研究所の仁科研究室で研究員。
1937年(31才)ライプツィヒ大学に留学(1939年まで)。ハイゼンベルクさんの研究室に所属、原子核物理学や場の量子論を研究。
1939年(33才)帰国。東京帝国大学で博士(理学)。WWII。マグネトロンや立体回路を研究。
1940年(34才)結婚。
1941年(35才)筑波大学(当時、東京文理科大学)で教授。
1942年(36才)中間子の中間結合論(場の理論)を発表。
1943年(37才)超多時間理論を発表。
1945年(39才)WWII終戦
1947年(41才)くりこみ理論を発表。
1948年(42才)日本学士院賞を受賞(磁電管の発振機構と立体回路の理論的研究)。小谷正雄さんと共同受賞。
1949年(43才)オッペンハイマーさんの招きでIASプリンストン高等研究所に留学(1950年まで)。量子多体系の研究。『量子力学』発刊。
1953年(47才)中間結合の体系理論を発表。
1954年(48才)ディラックさんの『量子力学』を翻訳・出版。
1955年(49才)東京大学で原子核研究所を設立。
1956年(50才)東京教育大学で学長(1961年まで)
1963年(57才)日本学術会議で会長(1969年まで)
1965年(59才)ノーベル物理学賞受賞(量子電気力学分野での基礎的研究)。ジュリアン・シュウィンガーさん、ファインマンさんと共同受賞。
1969年(63才)東京教育大学を退任。
1974年(68才)『スピンはめぐる 成熟期の量子力学』発刊。
1979年(73才)『物理学とは何だろうか』発刊。死去。

▼師匠・弟子・関係筋
師匠
□ 仁科 芳雄 Nishina Yoshio 1890-1951 ボーア研究所に留学した物理学者。理化学研究所時代の上司。
■ ヴェルナー・ハイゼンベルク Werner Heisenberg 1901-1976 留学先。
□ 岡 潔 1901-1978 数学者。
弟子
□ 早川 幸男 Hayakawa Sachio 1923-1992 宇宙物理学者。
関係筋
■ アルベルト・アインシュタイン Albert Einstein 1879-1955
■ ニールス・ボーア Niels Bohr 1885-1962
■ ポール・ディラック Paul Dirac 1902-1984
■ ロバート・オッペンハイマー Robert Oppenheimer 1904-1967
□ 小谷 正雄 Kotani Masao 1906-1993 分子物理学者。
■ 湯川 秀樹 Yukawa Hideki 1907-1981 同級生。
■ リチャード・ファインマン Richard Feynman 1918-1988
□ ジュリアン・シュウィンガー Julian Schwinger 1918-1994 アメリカの理論物理学者。

※オットー・フリッシュ著 松田文夫訳 「何と少ししか覚えていないことだろう-原子と戦争の時代を生きて-」 吉岡書店、2003年。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E6%B0%B8%E6%8C%AF%E4%B8%80%E9%83%8E
https://en.wikipedia.org/wiki/Shin%27ichir%C5%8D_Tomonaga