リーゼ・マイトナーさんの甥、オットー・フリッシュさんの自伝に出てくる科学者(63)サイクロトロンの共同発明者:M・リビングストンさん

▼リビングストンさんについて、フリッシュさんの自伝では「全ては1930年代初めに、カリフォルニアのバークレーで、アーネスト・O・ローレンスとM・スタンレー・リビングストンが発明したサイクロトロンの建設から始まった」(p.228)と紹介されている。
▼「ローレンスとリビングストンの基本的な考えは、粒子を超高電圧により一回で強く加速するのではなく、小さい加速を数多く繰り返すことであった」(p.228)
▼リビングストンさんは30才を前にしてローレンスさんから独立し、バークレー校以外の場所でサイクロトロンを建設する。
▼ローレンスさんとリビングストンさんの関係は、師匠と弟子のあり方を考えさせられる例である。

ミルトン・リビングストン Milton Livingston 1905–1986
1905年、ウィスコンシン州ブロードヘッド生まれ。父は高校の教師。
教育
1910年(5才)一家でカリフォルニア州に転居。
1914年(9才)WWI
1917年(12才)母が死去。
1918年(13才)WWI終戦
1921年(16才)高校を卒業。Pomona Collegeに入学。化学と物理を学ぶ。
1926年(21才)Pomona CollegeでBA(化学と物理)。ダートマス大学入学。
1928年(23才)ダートマス大学でMA。X線回折を研究。
活動
1929年(24才)ダートマス大学でインストラクター。
1930年(25才)カリフォルニア大学バークレー校入学。結婚。
1931年(26才)カリフォルニア大学バークレー校でPhD(指導教員はローレンス先生)。
1932年(27才)27インチ(69cm)のサイクロトロン建設に着手。WWIで使用して廃棄物になっていた80トンの磁石を使用。
1934年(29才)10本以上の論文を提出。ローレンスさんから独立するためコーネル大学で助教授。バークレー校以外で初めてサイクロトロン建設。
Robert Bacherさん、ベーテさんとの共同作業を通して物理学の神髄を知る。
1938年(33才)MITで42インチのサイクロトロン建設に協力。
1939年(34才)MITで講師。WWII。ローレンス先生がノーベル物理学賞を受賞。
1940年(35才)MITで准教授。MITのサイクロトロンが完成、OSRDに協力。
1944年(39才)海軍研究事務所Office of Naval Researchで Philip MorseさんのORグループに所属。
1945年(40才)WWII終戦
1946年(41才)ブルックヘブン国立研究所でMorseさんが初代所長。Morseさんからビッグサイエンスの象徴となるシンクロトロンの建造計画担当に指名。
1948年(43才)シンクロトロン建造計画は縮小されコスモトロンになる。
1952年(47才)再婚。
1959年(54才)再再婚。
1967年(62才)フェルミ国立加速器研究所で副所長。大型粒子加速器テバトロン建造を計画。
1970年(65才)引退。
1986年(81才)サンタフェで死去。

▼師匠・弟子・関係筋
師匠
■ アーネスト・ローレンス Ernest Lawrence 1901-1958
関係筋
□ Philip Morse 1903–1985 アメリカの物理学者。ORのパイオニア。
□ Robert Bacher 1905–2004 アメリカの核物理学者。
■ ハンス・ベーテ Hans Bethe 1906-2005

※オットー・フリッシュ著 松田文夫訳 「何と少ししか覚えていないことだろう-原子と戦争の時代を生きて-」 吉岡書店、2003年。
https://en.wikipedia.org/wiki/M._Stanley_Livingston