リーゼ・マイトナーさんの甥、オットー・フリッシュさんの自伝に出てくる科学者(37)原子核の解明のため実験を重ねた:G・ヘヴェシーさん

▼フリッシュさんとヘヴェシーさんはニールス・ボーア研究所で5年間、一緒に過ごし原子の研究を進めている。
▼ヘヴェシーさんのエピソードで印象的なものは、ニールス・ボーア研究所で預かっていたラウエさんとジェームス・フランクさんのノーベル賞の金メダルをナチスドイツ軍の略奪から守った話。その方法がさすが物理化学者で、金メダルを王水に溶かし、瓶に入れて棚で保管した。戦後、王水から金を取り出し、ノーベル財団に送ってメダルに打ち直してもらった。
▼ノーベル賞もさることながら、コプリメダルの受賞を誇りに思っていた。理由はノーベル賞学者は数あれど、コプリメダルを貰った外国人はボーアさんと自分だけだっただから。
▼フリッシュさんの自伝の116ページに、ボーアさん、フランクさんと一緒の写真があり「生物学に同位体を巧みに運用する技術の開拓者となったジョージ・フォン・ヘベシィ」という解説がついている。

ジョージ・ヘヴェシー George de Hevesy  1885-1966

1885年、オーストリア=ハンガリー帝国ブダペスト生まれ。ユダヤ人。貴族。
教育
1903年(18才)ブダペストのPiaristaギムナジウムを卒業。ブダペスト大学に入学、化学を学ぶ。
ベルリン工科大学で数か月学び、フライブルク大学に移る。
1906年(21才)フライブルグ大学でGeorg Franz Julius Meyer先生の指導の下、Ph.D.取得の研究を開始。
1908年(23才)フライブルグ大学でPh.D.(物理学)。
活動
ドイツのカールスルーエ大学でフリッツ・ハーバーさんと研究。
イギリスのマンチェスター大学でラザフォードさんと研究。ニールス・ボーアさんと出会う。
1914年(29才)WWI
1918年(33才)WWI終戦。ブダペスト大学で教授(物理化学)。
1920年(35才)コペンハーゲンのニールス・ボーア研究所で研究。
1922年(37才)D・コスターさんとハフニウムを発見。
1924年(39才)フライブルグ大学で教授(物理化学)。結婚。
1930年(45才)米コーネル大学でBaker Lecturer。
1934年(49才)ニールス・ボーア研究所。(フリッシュさんがイギリスを出てニールス・ボーア研究所に入る) 原子核の研究を進める。希土類元素に中性子を照射する実験。
1939年(54才)WWII。ナチスのデンマーク併合に伴い研究所に保管していたラウエさんとフランクさんのノーベル賞金メダルがナチスに略奪されないよう王水に溶かして隠す。(フリッシュさんは脱出しイギリスのバーミンガム大学に移る)
1943年(58才)コペンハーゲンを脱出しストックホルム大学で教授(1961年まで)。ノーベル化学賞受賞(化学反応研究におけるトレーサーとしての同位体の応用研究)。物理化学者のハンス・フォン・オイラー=ケルピンさんと共同研究を進める。
1945年(60才)WWII終戦
1949年(64才)コプリ・メダル受賞。王立協会外国人会員。ベルギーのケント大学でFranqui Professor。
退職後、ストックホルム大学やフライブルグ大学で教鞭をとる。
1964年(79才)ドイツのフライブルクで死去。

▼師匠・関係筋
師匠
□ Georg Franz Julius Meyer
関係筋
■ フリッツ・ハーバー Fritz Haber 1868-1934 (2020年9月14日)
□ ハンス・フォン・オイラー=ケルピン Hans von Euler-Chelpin 1873-1964 共同研究者。
■ マックス・フォン・ラウエ Max von Laue 1879-1960 (2020年9月17日)
■ ジェイムズ・フランク James Franck 1882-1964 (2021年1月25日)
■ ニールス・ボーア Niels Bohr 1885-1962 (2020年12月15日)
□ ディルク・コスター Dirk Coster 1889–1950 ハフニウムの共同発見者。

※オットー・フリッシュ著 松田文夫訳 「何と少ししか覚えていないことだろう-原子と戦争の時代を生きて-」 吉岡書店、2003年。
https://en.wikipedia.org/wiki/George_de_Hevesy
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%82%B7%E3%83%BC