リーゼ・マイトナーさんの甥、オットー・フリッシュさんの自伝に出てくる科学者(18)原子の線スペクトルを磁場で分割:P・ゼーマンさん

▼原子の線スペクトルの現れ方は固有のもので原子の指紋、というところまで解明された。しかし、分光器が発達して高精度になると、線スペクトルが2本あったり数本あることが分かってきた。そこでゼーマンさんは強力な磁石の極の間に励起された原子を置いたところ、線スペクトルが分割される状態(ゼーマン効果)を発見した。
▼状態が「普通」で分光器(測定装置)が高精度になると、それまで見えてなかったものが見えてきて、これは何だ?ということになる。ゼーマンさんは状態を「普通」から「励起」に変えて実験したところ、新しい発見があった、という話だ。ツールと状態の両方を変えて新しい発見に至った、というのは日常の問題解決にも使えそうな話。
▼フリッシュさんの自伝ではゼーマンさんの仕事を「磁場によるこの影響は、伝統的な物理学によって大まかには解説されていた。ボーアのモデルもまたこの現象を説明できた」(p.29)と整理している。

ピーター・ゼーマン Pieter Zeeman 1865-1943
1865年、オランダのゾンネメレ生まれ。父は聖職者。
教育
幼少時から物理に興味。
1883年(18才)オランダに現れたオーロラを観測しスケッチと解説をネイチャー誌に投稿、掲載される。
大学進学のためオランダの都市デルフトのギムナジウムで古典言語を学ぶ。
1885年(20才)大学入学資格試験に合格。ライデン大学入学。ヘンドリック・ローレンツ先生とカメルリング・オネス先生について物理学を専攻。
1890年(25才)ローレンツ先生の助手として磁気光学カー効果を研究。
1893年(28才)ライデン大学で博士(指導教員はカメルリング・オネス先生)。
1894年(29才)ストラスブールのF・コールラウシュ先生の研究室で研究。
活動
1895年(30才)ライデン大学で私講師(数学、物理学)。結婚。
1896年(31才)強い磁場の影響で線スペクトルが分割する現象「ゼーマン効果」を観察。原子構造の解明に役立つ。磁場の実験は上司の命令に違反するものだったためライデン大学を解雇。
1897年(32才)アムステルダム大学で講師(物理学)。
1898年(33才)オランダ王立芸術科学アカデミーの会員。
1900年(35才)アムステルダム大学で教授(物理学)。
1902年(37才)ローレンツ先生と共にノーベル物理学賞を受賞(放射に対する磁場の影響の研究)
1908年(43才)アムステルダム大学物理学研究所で所長(ヨハネス・ファン・デル・ワールス先生の後任)。
1912年(47才)オランダ王立芸術科学アカデミーの会長(1920年まで)。
1914年(49才)WWI。
1918年(53才)WWI終戦。
1921年(56才)ヘンリー・ドレイパー・メダルを受賞。
1935年(70才)アムステルダム大学で名誉教授。
1943年(78才)アムステルダムで死去。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%BC%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3

※オットー・フリッシュ著 松田文夫訳「何と少ししか覚えていないことだろう-原子と戦争の時代を生きて-」吉岡書店、2003年。