リーゼ・マイトナーさんと世紀末ウィーン(8) J・ヨアヒムさん

▼ヨアヒムさんはシューマンさん(10月17日)、ブラームスさん(10月16日)と関係が深いハンガリーのヴァイオリニスト。
シューマンさんより21才年下、ブラームスさんより2才年上。クララ・シューマンさんが体調不良でステージに上がれないとき、代わりに演奏したのが14才のときだから、ヴァイオリンの神童だ。ヴァイオリンの教師としても超一流だった。
▼ブラームスさんとは、仲違いしたり仲直りしたり。
▼リーゼ・マイトナーさんがヨアヒムさんの演奏を聞いたかどうかは不明。音楽好きの一家だし、ベルリン時代も甥のオットー・フェリッシュさん(音楽好き)と音楽会に行ったりしていたから、ヨアヒムさんの名声を耳にしたことはあっただろう。

ヨーゼフ・ヨアヒム Joseph Joachim 1831-1907 ヴァイオリニスト

1831年、現在のオーストリア、ブルゲンラント州に相当するハンガリー王国領生まれ。
1833年(2才)一家でハンガリーの首都ブダペストに転居。
教育
1836年(5才)ヴァイオリンのレッスンを開始。ウィーンに行き、ウィーン音楽院で修行。
1843年(12才)ライプツィヒ音楽院に入学、メンデルスゾーン先生に師事。ゲヴァントハウスでメンデルスゾーン先生、クララ・シューマンさんらと共演。
1845年(14才)ドレスデンでシューマンさんが開いた演奏会でメンデルスゾーン先生のヴァイオリン協奏曲を演奏。
1846年(15才)メンデルスゾーン先生とロンドンで演奏会。
1847年(16才)メンデルスゾーン先生が死去。
活動
1848年(17才)ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団に在籍(1850年まで)。ゲヴァントハウス弦楽四重奏団で第2ヴァイオリン。
1850年(19才)ドイツ中央部の都市ヴァイマルのオーケストラでコンサートマスター。
1852年(21才)北ドイツのハノーファーに移る。シューマン夫妻、ブラームスさんと交流。
1853年(22才)シューマンさんにブラームスさんを紹介。
1866年(35才)ベルリンで王立音楽アカデミーの創設と指導。自分のオーケストラを創設。
1869年(38才)「ヨアヒム弦楽四重奏団」を創設。
1879年(48才)ブラームスさんのヴァイオリン協奏曲にアドバイス、初演。その後、仲違い。
1887年(56才)ブラームスさんのヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲の初演でヴァイオリンを演奏。仲直り。
1907年(76才)ベルリンで死去。

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