プロトアクチニウムPaの発見者 O・ハーンさん

10代で化学者になる夢を持ち、事業を継承して欲しいと願っていた父を説得し大学に入る。イギリス留学中、ラムゼー先生について放射化学を研究した経験がその後の活躍の元になる。第一次と第二次の世界大戦を経験、化学者として国に協力。ノーベル化学賞を受けた年が1944年。ドイツ敗戦の前年。戦後はドイツの化学振興に尽力し、科学者の社会的に責任のスポークスマンになった。

オットー・ハーン Otto Hahn 化学者
1879年、ドイツのフランクフルト生まれ。父はガラス加工事業の経営者。
教育
1894年(15才)化学に興味を持つ。自宅に実験室を作る。化学産業に従事する夢を持つ。
1897年(18才)マールブルク大学に入学。化学のほか数学、物理学、鉱物学、哲学を学ぶ。
1899年(20才)ルートヴィヒ・マクシミリアン大学に移り有機化学を学ぶ。
1901年(22才)ルートヴィヒ・マクシミリアン大学で博士号を取得。
活動
1903年(24才)一年間軍務ついたあと大学に戻り助手として研究を継続。
1904年(25才)University College London に職を得てラムゼー先生のもとで放射化学の研究に着手。放射性トリウムradiothorium (thorium-228)を発見。
1906年(27才)ドイツに戻りカイザー・ヴィルヘルム研究所に入る。
1907年(28才)教育資格を取得し、私講師になる。リーゼ・マイトナーさんと共同研究を開始。
1910年(31才)教授になる。
1914年(35才)WWI。軍務につく。
1915年(36才)F・ハーバーさんと軍事用の毒ガス製造について協議。
1917年(38才)プロトアクチニウムを発見
1918年(39才)WWI終戦
1921年(42才)ウラニウムZを発見。
1928年(49才)カイザー・ヴィルヘルム研究所の所長。
1938年(59才)マイトナーさんのベルリン脱出に協力。
1939年(60才)WWII
1944年(65才)核分裂の発見によりノーベル化学賞を受賞
1945年(66才)WWII終戦
1946年(67才)マックス・プランク研究所の所長。
1954年(75才)科学者の社会的責任を啓発する活動に従事。
1968年(89才)死去。

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https://en.wikipedia.org/wiki/Otto_Hahn