プルトニウムPuの発見者 G・シーボーグさん

シーボーグさんはローレンス放射線研究所のサイクロトロンを駆使して多くの元素を発見(作り出す)した物理化学者。その一つがプルトニウム。きわめて毒性が高い危険な物質である。発見の時期がWWIIの真っただ中というタイミング。ただちに原爆製造プロジェクトに組み込まれ、3年のうちにプルトニウム原子爆弾の設計、製造、試験が行われた。そして長崎に投下された。▼WWIIが終わった後はカリフォルニア大学バークレー校に戻り、サイクロトロンで新元素の発見を続ける。1951年にノーベル化学賞をマクミランさん(8月28日)と共に受賞する。

グレン・セオドア・シーボーグ Glenn Theodore Seaborg 1912-1999
物理化学者。
1912年、米国ミシガン州イシュペミング生まれ。
1924年(12年)一家でカリフォルニア州に転居。
教育
1929年(17年)ロサンゼルスのDavid Starr Jordan 高校を卒業。カリフォルニア大学バークレー校に入学。
1937年(25年)カリフォルニア大学から Ph.D.(化学)を取得。
活動
1937年(25年)カリフォルニア大学バークレー校の物理化学者ギルバート・ルイス先生の実験助手となり研究と論文発表に集中。
1939年(27年)WWII
1939年(27年)同校の化学講師になる。
1941年(29年)カリフォルニア大学バークレー校の助教授。
1941年(29年)プルトニウムPuを発見。冥王星Plutoの名に因んで命名。
1942年(30年)マンハッタン計画でプルトニウム部門を率いるため大学を離れる(46年まで)。
1943年(31年)原子爆弾の製造に必要となるプルトニウム生産炉がテネシー州のオークリッジに設立。
1944年(32年)アメリシウムAmを発見、アメリカ大陸の名に因んで命名。キュリウムCmを発見、キュリー夫妻に因んで命名。ロスアラモス国立研究所でプルトニウムを使用する原子爆弾ファットマンが製造される。
1945年(33年)トリニティ実験。ファットマンが長崎市で投下される。
1945年(33年)WWII終戦
1945年(33年)カリフォルニア大学バークレー校の化学の教授。
1946年(34年)マンハッタン計画終了。ローレンス放射研究所の運営メンバーになる。
1949年(37年)バークリウムBkを発見、大学があるバークレー校の地名に因んで命名。
1950年(38年)カリホルニウムCfを発見、カリフォルニアの地名と大学名に因んで命名。
1951年(39年)ノーベル化学賞を受賞
1952年(40年)アインスタイニウムEsを発見、アインシュタインさんの名前に因んで命名。フェルミウムFmを発見、エンリコ・フェルミさんの名前に因んで命名。
1954年(42年)ローレンス放射研究所の副理事(61年まで)
1955年(43年)メンデレビウムMdを発見、メンデレエフさんの名前に因んで命名。
1958年(46年)ノーベリウムNoを発見、アルフレッド・ノーベルさんの名前に因んで命名。
1999年(87年)死去。

https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/1951/seaborg/biographical/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%B0
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%A6%E3%83%A0