サイクロトロンの発明者 E・ローレンスさん

放射性元素に関わる最大級の学者。今回は、これまで何度もでてきたローレンス放射線研究所のローレンスさん。▼研究そのものが、ローレンスさんの前と後とでは予算・関係者数・規模が大きく変わったと言われる画期の人。▼カリフォルニア大学で史上最も若い29才で教授になる実力。38才でノーベル賞を取る実績(サイクロトロンの発明と発展。サイクロトロンを使った数々の発見。中でも人工放射性元素の創出)。大型予算を獲得し、研究施設のスケールアップを続ける。▼ローレンスさんの放射線研究所の理念は、院生・ポスドク・資金持参の研究者が自由に研究に打ち込める場。WWIIの時期、原爆製造施設建設の指導と運営を大学を挙げてサポート。WWII後の冷戦では、大学内では国家機密に関わる研究は行わず、学外の施設で行われた。

アーネスト・オーランド・ローレンス Ernest Orlando Lawrence 1901-1958
サイクロトロンの発明者
1901年、サウスダコタ州リンカーン郡のカントン生まれ。両親はノルウェー系。父は教育長。
教育
生地のカントンおよび州都ピエールの公立学校に通う。
ミネソタ州にあるSt. Olaf Collegeに入学。1年でサウスダコタ大学に転学。
1922年(21才)サウスダコタ大学で学士(化学)を取得。
1923年(22才)ミネソタ大学でM.A.(物理学)を取得。W・F・G・スワン先生の弟子として学ぶ。
1925年(24才)イェール大学でPh.D.(物理学)を取得。カリウム蒸気の中での光電効果の研究。指導教員はW・F・G・スワン先生。
活動
1925年(24才)米国学術研究会議NRCの奨学金を得てイェール大学でスワン先生の下で研究を継続。
1927年(26才)イェール大学の助教授。
1928年(27才)カリフォルニア大学の助教授。
1929年(28才)大学図書館でマグネトロンの着想を得る。
1930年(29才)カリフォルニア大学で最年少教授になる。
1931年(30才)キャンパスの中に放射線研究所Radiation Laboratoryを設立。
1934年(33才)サイクロトロンの特許を取得
1936年(35才)ローレンスさんの放射線研究所に大型予算がつく。施設の理念は、院生や研究員、資金を持ったゲストが喜んで働ける場にすること。
1939年(38才)サイクロトロンの発明と開発、人工的な放射性元素の発見の功績でノーベル物理学賞を受賞。
1939年(38才)WWII
1940年(39才)大型サイクロン施設の建設計画が決定。
1945年(44才)トリニティ実験に立ち会う
1945年(44才)WWII終戦
1958年(57才)死去。

https://en.wikipedia.org/wiki/Ernest_Lawrence
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B9