クロムCrとベリリウムBeの発見者 L・ヴォークランさん

▼14才から薬局に弟子入りして専門知識をため、専門家の中で力をつけた叩き上げの人。フランス革命では危険を避けて一時期海外に退避。戻ってくるのはフランス革命終了前だが、ラボアジェさんのようなひどい目には遭ってないようだ。▼20才でフールクロア先生の助手になったこと(25年後には後継者になる)、28才でフランス科学アカデミーの会員になって、化学雑誌の編集に携わり、多くの研究者や専門家と知り合ったことがキャリア作りに影響している。ヴォークランさんの生き方を見ると「いつ・どこにいて・誰と・何をしたか」が大事だ、と認識させてくれる実例だ。
▼無機の分野ではクロムとベリリウムの発見、有機の分野ではアスパラギンの発見、と両方の分野で新発見している幅の広さも見逃せない。アスパラギンは助手の功績が大きかったので、チーム作りや人間関係調整力にも優れていた。
▼弟子入り修業でスタートして、成果を出す生き方ができるのだから、知識を獲得する道筋はいろいろある、と気づかせてくれる。

ルイ=ニコラ・ヴォークラン Louis-Nicolas Vauquelin 1763-1829 フランスの薬剤師、化学者。
1763年、フランスのノルマンディ生まれ。
教育
1777年(14才)ノルマンディの中心地ルーアンにある薬局で弟子修業を開始。
活動
1783年(20才)パリに行き、フランスの化学者A・フールクロアの助手になる。(91年まで)
1789年(26才)フランス革命が始まる。
1790年(27才)単著論文の発表を始める。
1791年(28才)フランス科学アカデミーの会員になる。「化学分析」誌の編集に携わる。
1791年(28才)フランス革命が激しさを増したので海外に逃れる
1794年(31才)帰国。鉱山学校とポリテク学校の教授(化学)になる。
1797年(34才)クロムCrを発見。シベリアで採られた赤い鉛鉱石から単離。化学者のR・アユイ氏がギリシャ語の色chrōmaにちなんで命名。クロムはステンレスやメッキに欠かせない重要元素。無害な元素だが、六価クロムは猛毒。
1798年(35才)ルビーの赤、エメラルドの緑は、クロムの存在によることを発見。
1798年(35才)ベリリウムBeを発見。緑柱石berylから抽出されたのでギリシア語beryllosで命名。命名者はクラプロートさん(7月14日)。ベリリウムは硬度の高い合金を作るときの材料として貴重な元素。
1799年(36才)フランス革命が終わる
1806年(43才)助手のP・ロビケ氏とアスパラギンを発見。アスパラガスの汁から結晶を単離。
1809年(46才)フールクロアさんの後継者としてパリ大学の教授になる。
1816年(53才)スウェーデン王立科学アカデミーの会員になる。
1828年(65才)下院議員になる。
1829年(66才)死去。

https://en.wikipedia.org/wiki/Louis_Nicolas_Vauquelin
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%82%A4%EF%BC%9D%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%B3