ガリウムGa・サマリウムSm・ジスプロシウムDyの発見者 P・ボアボードランさん

コニャック製造を営む家に生まれる。家業を継いだ時期もあったようだが本質は実験物理化学者だ。キルヒホッフさんとブンゼンさんが分光手法を始めたという話に興味を持ち、同じ年のうちにマイ実験室を作って研究を始めている。それが21才の話。それから15年後に自分の手で分光学の専門書を出版している。時間がかかっても手がけたことを形にするまで続ける力がすごい。▼34才の時、メンデレーエフさんが周期表を発表する。それから3年後、メンデレーエフさんが予言したとおりガリウムを発見する。このときの手法が分光法。▼ガリウムの発見は、周期表と分光法をボアボードランさんが「新結合」した成果だ。新結合とは、すでにあるものを結合させて新しい価値を生み出すやり方。

ポール・ボアボードラン Paul Emile Lecoq de Boisbaudran 1838-1912
フランスの物理化学者。
1838年、フランスのコニャックで生まれる。実家はコニャックの酒造所。
1859年(21才)キルヒホフさん(7月10日)とブンゼンさん(7月9日)が分光学の研究を始める。パリで小さな私設実験室を作って分光実験を行う。
教育
1866年(28才)エコール・ポリテクニークで物理と化学を学ぶ。
活動
1872年(34才)メンデレーエフさん(8月31日)が周期表を元に「未知の元素」としてガリウムなどの存在を予言。
1874年(36才)分光学の研究書を発行。
1875年(37才)分光学の手法を使いメンデレーエフさんの予言通りガリウムGaを発見。周期表が評価されるきっかけとなる。フランスのラテン名ガリア Gallia にちなんで命名。
1880年(42才)サマリウムSm発見。名称はサマルスキー石から発見されたことに由来。
1886年(48才)ジスプロシウムDy発見。分離抽出するまでおそろしく手間がかかったため、ギリシア語の「近づき難い」を意味するdysprositosから命名。
1912年(74才)死去。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%82%A2%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%B3#:~:text=%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%82%A2%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%B3%EF%BC%88%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB,%E3%81%AF%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%8C%96%E5%AD%A6%E8%80%85%E3%80%82
https://fr.wikipedia.org/wiki/Paul-%C3%89mile_Lecoq_de_Boisbaudran