ウランUが放射線を出していると発見した A・ベクレルさん

ウランが放射線を出していることを発見した物理学者。この発見はセレンディピティの例という。ということは、セレンディピティとは、労せずしてよいものが手に入る意味の「棚から牡丹餅」とは違うことが分かる。なぜかというと、ものすごく労したから。▼ベクレルさんは、蛍光の専門家である(知見の積み重ねがある)、レントゲンさんがX線を発見し学会で報告したのを聞いている(最新情報を入手している)、さらに報告を聞いて自分の蛍光の研究に使えると判断したし(聞いただけで終わらせない)、その上でウラン塩を選んで何が出ているのか毎日写真乾板を感光させる実験を繰り返した(実践)、実験ができないときに未開封の写真看板とウラン塩を近くに置いていたらなぜか感光しているのを発見した(ここは、未開封なのになぜ現像したのかが分からないけどね)。こういう労というか条件が重なってウランが放射能を出していることを確認したわけだ。▼セレンディピティとは、徹底的に準備していながらも、その延長にある結果ではなく、思ってもいなかった斜め上あたりから求めていたものが降ってくる、という現象だ。▼当時は放射性物質の毒性が認識されていかなったので、ベクレルさんはマリさんから貰ったウランをいつも身近に置いていた。これはバリウムやマンガンを発見したシェーレさん(7月16日)が物質を舐める習慣があって、そのために毒にあたって44才で亡くなった例を思い起こさせる。

アントワーヌ・アンリ・ベクレル Antoine Henri Becquerel 1852-1908
フランスの物理学者・化学者。放射線の発見者

1852年、パリ生まれ。4代にわたる物理学者の家系に生まれる。
教育
予備校 Lycée Louis-le-Grand school で学ぶんだ後、エコール・ポリテクニークÉcole Polytechniqueで自然科学を学ぶ。さらに国立土木学校École des Ponts et Chausséesで工学を学ぶ。この間の年代不詳。
活動
1892年(40才)Muséum National d’Histoire Naturelle
1894年(42才)Department of Bridges and Highways の主任技師になる。
1896年(44才)レントゲンさんがX線を発見。以前から調べていたウラン塩のりん光とX線の関連性に興味を持つ。
1896年(44才)ウラン鉱石の隣の未感光の写真乾板が感光しているのを見てウランが放射線を発するのを確認
1903年(51才)ノーベル物理学賞をキュリー夫妻と共に受賞。ベクレルさんの名前に因んで放射線の国際単位がベルレルBqになる。
1908年(56才)死去。

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https://en.wikipedia.org/wiki/Henri_Becquerel